孔子は、紀元前551年魯国(現在の中国・山東

 省)に生まれました。3歳のときに父を亡くした孔

 子は、巫女だった母の仕事を見て育ったこともあ

 り、遊びでも祭器を並べて礼法の真似事をするよ

 うな礼儀正しい子どもだったと言われています。

  孔子が17歳のときに母も亡くなり、孤児とし

 て育ちながら勉学に励みます。20歳を過ぎたと

 きには、魯の役人として貨物倉庫の出納係を立派

 に勤め上げ、後に牧場を管理することになりまし

 た。そして30歳を過ぎたときには、周の都に行

 って、勉強に打ち込みます。

  その後、孔子は貴族の横暴な政治が横行してい

 た魯の政治を立て直そうと励みますが、あえなく

 失敗します。再び政治の世界に舞い戻るというこ

 とはなく(努力はしたようですが)、諸国を遊説し

 て回るようになります。このときに、孔子を慕う

 弟子が多く現れ、最終的には3,000人もの弟子

 がいたとも言われています。孔子はそれほど多く

 の人の心をつかむ哲学者・教育者として現代にも

 通用する考えを説き続けたのです。人生を通し、

 常に学ぶ姿勢を持ち続けた孔子のその生き方から

 得た言葉の数々を見て行きましょう。

  孔子が生きた時代の歴史も詳しく知れば、おも

 しろくもあり一層理解が深まります。






  孔子の生きた時代は紀元前551年~前479

 年で、中国の歴史区分では周になりますが、周の

 中での有力諸侯の争いが頻繁にあった「春秋時代」

 と呼ばれる時代です。

  最近の研究で分かってきたことは、現在の四川

 省に夏王朝という王朝があり、やがて北の殷王朝

 にとって代わられます。殷は統制ある国家運営を

 行いますが、紂王があまりにも暴君であったため、

 周の武王によって倒されます。そして周王朝がで

 きます(前1042年)。

  周は天下を統一し、人の規範を定め安定した国

 家を築きます。孔子はこの周の建てた秩序体系を

 受け継ぎ発展させていきます。

  孔子の生まれた魯は周の諸侯で、第一代周王の

 武王の弟である周公旦の子である伯禽が初代君主

 です。周というのは親族を諸侯に遣わす、いわば

 “一族経営統治”です。

  周はもともと諸侯の連合としてなりたっていま

 したが、次第に力をつけた有力諸侯は、周の元で

 実質独立した形をとるようになります。こうした

 諸侯が天下を割拠して、時には侵略し土地を奪う

 といった状況がうまれます。これが春秋時代と呼

 ばれる時代で、群雄割拠の時代でした。まだ名目

 だけとはいえ周王朝のもとで統一が保たれますが、

 やがて諸侯はさらに分裂し、国と国とが激しく対

 立するようになります。そして、戦国時代と呼ば

 れる時代へと続きます。

  孔子が生きた時代は、春秋後期と戦国前期を挟

 んだあたりです。




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